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大阪高等裁判所 昭和58年(う)442号 判決

国籍

韓国(慶尚南道馬山市檜原里二一五番地)

住居

兵庫県姫路市飯田一番地

無職

中村文吉こと陳文甲

明治三四年七月一八日生

国籍

韓国(慶尚南道馬山市檜原里二一五番地)

住居

兵庫県姫路市飯田一番地

パチンコ店経営

中村義雄こと陳耕植

大正一二年一月一〇日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、昭和五七年一一月二九日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人両名から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 大井恭二 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人陳文甲を罰金一二〇〇万円に、同陳耕植を懲役八月に各処する。

被告人陳耕植に対し、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人陳文甲において、右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は被告人らの負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人横田静造、同藤原忠共同作成の控訴趣意書及び「控訴趣意書の訂正並に補充書」と題する書面記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事能登哲也作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用するが、当裁判所は、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して、以下のとおり判断する。

控訴趣意第二及び第四について

論旨は、要するに、原判決は、その認定にかかる被告人陳文甲の昭和三八年(同年一月一日から同年一二月三一日まで)及び昭和三九年(同年一月一日から同年一二月三一日まで)の各総所得の全部、すなわち右所得を構成する事業所得、配当所得、不動産所得、譲渡所得、雑所得の帰属者をすべて被告人陳文甲としているが、事業所得を生じたとされている別表一1ないし10記載のパチンコ店等の経営に関する各事業は、同表「被告人らの主張する経営者」欄記載の者の共同経営ないし単独経営にかかるものであって、右事業所得は、それぞれ各店舗ごとにこれらの経営者に帰属し、譲渡所得は、各不動産の登記簿上の所有名義人に帰属するものであり、また配当所得、不動産所得、雑所得もその大部分は、被告人陳耕植に帰属するものであるから、これらをすべて被告人陳文甲の所得と認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

よって検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば、所論指摘の各所得の帰属者がすべて被告人陳文甲であるとの事実を優に肯認することができる。

すなわち右証拠によれば、所論が、事業所得について各店舗の経営者と主張している者、ないしその余の所得についてその帰属者と主張している者(被告人陳文甲を除く。)らは、いずれも被告人陳文甲の親族であって、同人との関係をみると、右のうち被告人陳耕植は長男、陳昌植は次男、金鍾大、崔春得、金元祚は娘の配偶者、金徳伊、陳石甲、崔永道は弟妹またはその配偶者にあたること、別表一記載の各店舗の実際の営業実務は、被告人陳文甲が行わず、右親族らまたはその関係者らが責任者としてこれを行っていたが、各店の毎日の売り上げ金は被告人陳文甲のもとに集められ、同人名またはその仮名で各金融機関に預金されていたこと、各金融機関の担当者との仮名預金の設定、融資、利率の決定、預金の引出等に関する折衝は、ほとんどすべて被告人陳文甲が単独で行っていたこと、前記各店舗の責任者らには、その裁量による一件あたり三〇〇〇円程度以下の経費の支払が認められていたものの、主要な物品の仕入、人件費の支払等大口支出はすべて被告人陳文甲が自らの判断で行い、不動産の取得や他人に対する貸付の決定及びそのための資金の支出等も被告人陳文甲が行い、前記親族らが関与した事実はないことの各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実に加え、被告人陳文甲、同陳耕植が、本件犯則事件の調査の際の収税官吏の質問に対し、被告人陳文甲及び前記親族らは、韓国の風習に従って被告人陳文甲を家長とする緊密な家族関係を形成し、被告人陳文甲の指示には他の親族は全面的に服従しており、他面被告人陳文甲は、別表一記載の各店舗の購入資金を支出し、被告人陳耕植ら親族を責任者に据え、給与を払って生活の面倒をみる関係にあり、これら所論指摘の経営者らに利益に応じた配当を行ったことは一度もないこと、従って右の者らは単なる名義上の経営者で実態は被告人陳文甲の事業に従事する従業者にすぎないこと、不動産及び株式の取得及び売却の主体も被告人陳文甲であったこと、被告人陳文甲の右のような事業の資金的基盤は、同人が、昭和二六年ごろから、中村商店の名義で山陽特殊製鋼株式会社に対し、スクラップ類を納入する業務の取次を独占するようになったことにより得た利益、及び右利益をパチンコ店営業に投入し、これを順次拡大していったことによって得られた利益に依拠しているものであることをそれぞれ供述し、所論指摘の各所得の実質的な帰属者が被告人陳文甲であることを争わない供述をし、取引関係のあった金融機関職員、不動産業者、煙草納入業者らも収税官吏の質問に対し、一致して重要な取引ないし契約の当事者が名義の如何を問わず実質的には被告人陳文甲であった旨被告人らの右供述を裏付ける供述をしていることをも併せ考慮すると、所論指摘の各所得の実質上の帰属者が被告人陳文甲であると認めるのが相当であるといわなければならない。

なるほど被告人両名の検察官に対する各供述調書、被告人陳耕植の原審及び当審公判廷における各供述、被告人陳文甲の原審公判廷における供述には所論に沿う部分があり、前記各店舗の関係者や不動産取引に関与した者らのなかにも原審公判廷において所論を裏付ける如き供述をしている者もあるが、これらの供述は、その内容自体あいまいであって、ことに所論指摘の経営者らが自ら事業資金を拠出した事実や利益の分配を受けた事実を客観的証拠によって裏付けることができず(関係証拠によれば右の者のうち金徳伊については生活保護を受けていた事実がうかがえる。)、また事業経営に関し、単なる金銭の保管のみならず、その運用や経費の査定及び支払等経理関係のすべてを被告人陳文甲が行い、息子である被告人陳耕植、陳昌植らをはじめ所論指摘の経営者が全くこれに関与していなかった事実を合理的に説明し得ているとはいえない点で不自然であり、これに加えて、被告人陳文甲の自宅あるいは病院における質問に対するものをも含む任意性に疑いのない前記収税官吏の調査段階における同被告人の所得の自己への帰属についての明確な自認の供述を変更するについて、首肯するに足りる理由が示されていないことをも併せ考慮するならば、被告人両名の検察官に対する各供述調書をはじめとする所論に沿う前記各証拠は、所論指摘の各所得が被告人陳文甲に帰属するとの前認定を到底左右するに足りないというべきである。

その他所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討しても、原判決に所論の事実誤認は認められず、論旨は理由がない。

控訴趣意第三について

論旨は、要するに、仮に昭和三八年、三九年(以下対象年という。)の原判示所得が被告人陳文甲に帰属するとしても、右所得の大半を占める事業所得のうち、特に所得額の多い別表一番号1ないし6のパチンコ店営業の売上及び仕入金額の計算方法に関する原判決の認定には明白な誤りがある。すなわち(1)原判決は、対象年において、右各店舗に帳簿が備え付けられていなかったことを理由に、帳簿の整備された昭和四〇年六月ないし一〇月の五か月間(以下実績期間という。)の各店舗の売上高に対する銀行入金率及び売上原価率を計算し、銀行調査によって判明している対象年における各店舗の年間銀行入金額を右銀行入金率で除することによって対象年の各店舗の売上高を推計し、これに右売上原価率を乗ずることによって仕入金額を推計する方法をとっていると解されるが、対象年における銀行入金率及び売上原価率が実績期間内におけるそれらと同一であるとする明確な根拠は見当らず、右推計計算は合理性を欠いている、(2)仮に右推計計算の合理性を是認するとしても、原判決の実績期間内における各店舗の銀行入金率及び売上原価率の計算に明白な誤りがある、すなわち右期間内において各店舗の帳簿には、売上原価を、パチンコ玉を換金する用品として用いられていたガム、景品として用いられていた煙草、菓子類の三項目に分類し、ガムの欄には換金により客に実際に交付した実金額を、菓子類の欄には仕入先から値引を受けた仕入金額を記帳していたのであるから、右金額をそのまま銀行入金率及び売上原価率の計算の基礎として用いるべきであるのに、原判決は、合理的根拠もなく右金額を否認し、ガムについては右実金額に八三・三四%を、菓子類については右仕入金額に八〇・〇六%をそれぞれ乗じた金額を基礎として算定した銀行入金率及び売上原価率を採用しているため、実際より低い売上原価率となり、従って実際より高い銀行入金率が計算される結果を招来している、以上二点において原判決の事業所得の認定には事実の誤認があり、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

よって検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば、別表一番号1ないし6の各パチンコ店については、対象年の売上及び売上原価を記帳した帳簿類が全く備え付けられていなかったため、その売上及び売上原価額を直接の資料によって確定し得ず、各店舗の毎日の銀行入金額を銀行調査により正確に把握することができただけであったこと、しかし実績期間については、売上、売上原価及び銀行入金額について毎日記帳されていた売上計算書あるいは日計表等によってその額を把握し得たこと、もっとも同表番号2姫路国際会館(以下旧本店という。)は昭和三九年一一月一八日に閉店したため、実績期間内における帳簿は存在しないのであるが、旧本店は番号6の新姫路国際会館(以下新本店という。)と約三〇〇メートル位しか離れておらず、業態、客筋とも似通ったものであったこと、各パチンコ店の出玉率や従業員に対する指示監督は、新旧本店に支配人として常駐していた被告人陳耕植がすべて統轄し、各店舗の出玉率すなわち売上原価率を約八割にせよなどと指示していたこと、各パチンコ店の営業態様は同一であって、パチンコ玉を一個二円の割合で客に貸し、景品交換所において景品と交換するのであるが、換金を希望する客に対しては玉六〇個(一二〇円相当)で金額一〇〇円を表わすガム一個をわたし、同一店舗内の交換所においてガム一個あたり一〇〇円と換金する方法(自店買い)をとり、その余の景品すなわち煙草及び菓子類(煙草以外の景品を総称する。)との交換を希望する客に対しては、ほぼ菓子類の小売定価に見合う玉数(一個二円として)と交換をしていたこと、そして各店舗においては、毎日の売上額から客に換金により交付した金額及び景品以外の備品等の購入に充てる小口現金支払をした金額を除いた金額を即日または翌日に銀行に入金していたのであり、煙草及び菓子類についてはこれとは別に新旧本店において一括仕入したものを各店に分配していたが、煙草については定価の三%相当の金額の割戻しが仕入先からあり、菓子類については仕入に際し約二割の値引きがあったこと、以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

さらに検察官作成の昭和五五年三月二一日付訴因変更請求書、同日付訴因に関する証拠等の説明書と題する書面、昭和四二年九月(日付記載なし)付冒頭陳述書要旨及び昭和四三年六月一七日付証拠説明書によれば、検察官は、以上の事実をふまえ、実績期間内における各店舗の売上額から換金額(換金により客に交付した金額)及び小口現金出金額を控除した額を銀行入金額として実績期間の銀行入金率を算出していること、その際、各帳簿にガム買と記載された金額は、実際に客に換金により交付した現金の額ではなく、客にわたしたガム一個あたりパチンコ玉六〇個(一個二円相当)という玉数に応じた価格(すなわちガム一個あたり一二〇円の割合の金額)が記載されているとし、ガムを換金(ガム一個あたり金一〇〇円)する際に生ずる換金差益(帳簿記載価格の一六・六六%)を帳簿価格から控除した額を売上高から控除すべき換金額として前記銀行入金率を算出していること、またパチンコ店営業の売上原価を構成する換金額以外の科目、すなわち煙草、菓子類の仕入金額の算定にあたっても、煙草は記帳価格に九七%(三%の前記割戻し金額を控除)を乗じた価格を、菓子類についても八〇・〇六%(約二〇%の前記値引き金額を控除)を乗じた価格を基礎として売上原価率を算出したこと、次いで対象年の各店舗の年間銀行入金額を右銀行入金率によって除して対象年における各店舗の売上高を推計し、その後右売上高に売上原価率を乗ずることによって売上原価を推計し(但し、旧本店には前述の如く実績期間内の営業実績がないため、新本店の銀行入金率及び売上原価率を採用し、また新本店の昭和三九年一二月二五日ないし同月三一日の銀行入金額が不明なため右実績期間内における一日一台あたりの収入((一、二一〇円))にパチンコ台数((三〇九台))及び営業日数((七日))を乗じて売上高を算出。)、これらを対象年における前記各パチンコ店営業による事業所得算定の基礎としていることが明らかであって、原判決も検察官の右推計方法をそのまま採用して、検察官の主張のとおり事業所得の額を認定していると解されるのである。

そこで上記認定事実を前提として、右推計方法に基づく原判決の事業所得の額の認定の当否を検討することとし、まず所論(1)の推計計算の合理性について案ずるに、原判決の採用した前述の推計計算の方法、すなわち、実績期間内の銀行入金率及び売上原価率を対象年にあてはめる(但し、旧本店には新本店のそれをあてはめる。)という方法は、対象年内において別表一番号1ないし6の各パチンコ店に全く帳簿が備え付けられておらず銀行入金額が判明するのみの状態であったこと、各店の営業を実質上統轄する立場にあった被告人陳耕植が検察官に対する昭和四二年二月三日付供述調書中において、昭和四〇年の各店の銀行入金率その他の営業の実態が昭和三八年、三九年のそれと大差ない旨及び新旧本店の営業実態もほとんど異らない旨それぞれ自認する供述をしていることに徴するならば、十分な合理性を有していると認められ、右推計方法の不合理性を強調する所論にかんがみ、記録を精査しても右推計方法の合理性に疑問を抱かせる事由はこれを見出すことはできず右所論は到底採用することができない。

次に所論(2)のうちガム換金額に関する所論について検討するのに、原判決の採用した検察官の実績期間内における各店舗のガム換金額の計算根拠となった金額は、収税官吏斉藤昭作成の昭和四〇年一二月一〇日付調査てん末書によって明らかなように、実績期間内の各店舗の売上計算書及び日計表にガム買として記帳された額を各月毎に集計し、これに前述の如く八三・三四%を機械的に乗じて算出したものであるところ、右集計を現実に行い、その結果を被告人陳耕植作成名義の昭和四〇年一一月二四日付確認書として税務当局に提出した原審証人渡辺明敏(会計担当従業員)、同西田稔(税理士)は、いずれも原審公判廷において、本件各パチンコ店においては、パチンコ玉の換金について、前述の如く自店買いをしていたため、パチンコ玉六〇個(一二〇円相当)をガム一個(一〇〇円相当)と交換し、更にこれを現金一〇〇円と交換することによる支出を記帳するに際し、ガム一個をパチンコ玉六〇個(一二〇円相当)と交換する旨の記載をする必要性は全くなく、端的に当日換金により客に交付した実金額の合計のみをガム買として記帳すれば足り、現にそうしていたことに間違いない旨供述しているのである。

右供述内容は、それ自体合理的であるということができる。のみならず、前記一一月二四日付確認書及び被告人陳耕植の収税官吏に対する同年一二月一日付質問てん末書添付の「現金支出の月別明細表」によれば、実績期間内の各店舗の売上額から帳簿上のガム買の金額と小口現金支払額を控除した額が実際の銀行入金額と合致している事実が認められるのであって、そうであれば右帳簿上のガム買金額は現実に換金により客に交付した金額以外にはあり得ないと考えられる。これに加えて、検察官の主張し原判決の採用している算定方法に沿う前記斉藤昭作成の調査てん末書に記載された計算方法による出玉率の平均は、約六五%と不自然に低い結果となることをも考慮すると、右帳簿上のガム買金額に八三・三四%を乗じた金額が本来のガム換金額であるとし、売上額からその金額及び小口現金支払額を控除した額を銀行入金額とみなして銀行入金率を計算した原判決には所得計算の前提となる事実に誤認があり、誤って所得額を多く認定した誤りがあるといわざるを得ない。

次に所論(2)のうち、パチンコ玉と交換された菓子類の金額に関する所論について検討するのに、前記渡辺、西田両証人は、原審公判廷において、前記一一月二四日付確認書を作成するについて、実績期間内の各パチンコ店においては、煙草については、三%のリベートを別に雑収入として計上し、交換された煙草の金額としては煙草の定価を基準として帳簿に記帳していたので、その金額に九七%を乗じた額を本来の売上原価であると見なした検察官の推計計算は合理的であるが、逆に菓子類については、小売定価ではなく値引きされた仕入金額を記帳しており、これを集計したのであるから、その金額にさらに値引分を考慮して八〇・〇六%を乗ずることは誤りである旨供述しているのである。

ところで前記斉藤昭作成の調査てん末書記載の交換された菓子類の金額算出の基礎となった額、すなわち八〇・〇六%を乗ずる前の金額は、前記渡辺、西田の作成した確認書に記載された景品出高欄の「その他」欄から煙草の金額を控除して算出した額を移記したにすぎないから、右金額が、渡辺、西田両証人の供述するように値引きされた仕入金額ではなく、定価で記帳されていたとするには、それなりの根拠が必要であるが、本件全証拠を検討しても、定価で記帳されていたことを示すに足りる証拠は見当らず、かえって一円単位の端数のついた数額のみで表されている右金額自体も小売定価ではなく、値引きされた仕入金額を記帳していたとの前記渡辺、西田両証言の信用性を裏付けているといわなければならない(煙草は前述の如く小売定価で記帳されていたため一〇円未満の端数はない。)。

そうすると右仕入金額からさらに一九・九四%を控除した額を菓子類の売上原価として計算した原判決には、右の点においても売上原価を過少に認定したという事実の誤認が認められる。

そこで以上二点の事実誤認の判決に及ぼす影響について検討するのに、ガム買の金額及び菓子類の金額のみについて、前述の如き減額処理をする前の金額に基づいて売上原価を算定し(従って右以外の項目、雑損失の数額等はすべて検察官の算出した額を基礎とする。)、パチンコ店営業による事業所得を別表二ないし五のとおり算出し直し、別表六のとおり算出した総所得金額(但し、パチンコ店営業以外の所得及び各種控除の金額等はすべて検察官の拠った金額を基礎とする。)及び正当税額を原判決認定のそれと比較すると、昭和三八年、三九年の両年を併せ、総所得金額において約二二〇〇万円(約二〇%)、税額において約一五〇〇万円(約二五%)原判決の認定より減少する結果となるので、前記二点の事実誤認は、併せて量刑に影響を及ぼすことが明らかな程度に達していると認められる。本論旨は理由がある。

よって刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決全部を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決挙示の各証拠により、原判決認定の罪となるべき事実第一の実際所得金額を四七〇四万八六七三円、所得税額を二六三七万五一〇〇円、正当所得税額と申告所得税額との差額を二五八三万五六〇〇円とし、同第二の実際所得金額を三三一六万八二二四円、所得税額を一七三六万三一〇〇円、正当所得税額と申告所得税額との差額を一六三四万一五二〇円とするほか、原判示罪となるべき事実第一及び第二と同一の事実を認定し、右各事実につき、被告人陳文甲に関する罰条として、昭和五六年法律五四号附則五条、昭和四〇年法律三三号所得税法附則三五条、昭和二二年法律二七号所得税法(昭和二五年法律七一号による改正後のもの以下旧所得税法という。)六九条一項、二項、七二条一項、被告人陳耕植に関する罰条として、昭和五六年法律五四号附則五条、昭和四〇年法律三三号所得税法附則三五条、旧所得税法六九条一項(懲役刑選択)を適用するほか、各被告人に関して原判決の挙示する各法条(併合罪処理、労役場留置、刑の執行猶予、訴訟費用の負担に関するもの、但し、刑事訴訟法一八二条を除く。)をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 鈴木清子 裁判官 安原浩)

別表一

〈省略〉

別表二

実績期間(40.6.1~40.12.31)内の銀行入金率等の計算表(単位 円)

〈省略〉

注1. Aは収税官吏斉藤昭作成の昭和40年12月10日付調査てん末書付表3「売上原価等の計算について」の売上高欄の、B、Dは同表の景品出高欄のガム、菓子類欄の、Cは同表の正味景品出高欄の煙草欄の、Fは同表の小口現金支払欄の、それぞれ数額(雑損失のあるものについては控除後の数額)と同一である。

注2. 率の計算については少数点2桁以下切捨。

別表三

昭和38年(1.1~12.31)の各店の売上額、売上原価計算表(単位円)

〈省略〉

注1. 銀行入金額は収税官吏堅田泰博、同坂本八郎作成の昭和40年11月5日付調査てん末書による。

注2. 検察官算定売上額は収税官吏大黒隆幸作成の総勘定元帳添付の「売上金額の算定(総括)」昭和38年分による。

別表四

昭和39年(1.1~12.31)の各店の売上額、売上原価計算表(単位円)

〈省略〉

注1. 銀行入金額は、前出堅田泰博、同坂本八郎作成の調査てん末書による。

注2. 新姫路国際会館(新本店)の売上額及び検察官算定売上額は前出大黒隆幸作成の総勘定元帳添付の「売上金額の算定(総括)」昭和39年分による。

別表五

パチンコ店営業による事業所得計算書(単位円)

〈省略〉

注 検察官算定の諸経費、控除額等合計は前出大黒隆幸作成の総勘定元帳添付の損益計算書及び検察官作成の昭和55年3月21日付訴因変更等に関する証拠等説明書による。

別表六

脱税額計算書

〈省略〉

注1. 外書は他人名義による申告にかかるものである。

注2. 事業所得は、パチンコ店営業以外の所得として、昭和38年の喫茶店営業分2,949,744円、麻雀店営業分116,350円、昭和39年の喫茶店営業分3,155,388円を、前出大黒隆幸作成の総勘定元帳添付の損益計算書(喫茶の部)及び前出堅田泰博、坂本八郎作成の「麻雀関係収入金の銀行入金状況」によってパチンコ店営業分に加算したものである。

昭和五八年(う)第四四二号

○ 控訴趣意書

所得税法違反

被告人 陳文甲

同 陳耕植

右の者らに対する所得税法違反被告事件の控訴趣意の要旨は左記の通りである。

昭和五八年五月二一日

右被告人両名の弁護人

弁護士 横田静造

弁護士 藤原忠

大阪高等裁判所刑事第五部 御中

原判決が本件を有罪としたのは刑訴法第三百八十二条に規定する事実の誤認があるから破棄の上無罪の判決を賜りたい。以下その理由を述べる。

第一 本件捜査と審理の過程について

一、先づ本件捜査の経過を看るに、被告人陳文甲については昭和四〇年六月三日付及び同年七月二二日付の質問調書があるが、その検事調書は約一年半後の昭和四二年二月二七日と二八日に作成されている。被告人陳耕植に対する質問調書は昭和四〇年七月六日と同年一二月七日であるが、同人はその後数ケ月経った昭和四一年三月六日逮捕勾留せられ、検事より取調べを受けたが、処分留保のまま釈放せられ、その後約一年放置されたまま、昭和四二年二月公訴時効完成の直前検事から取調べを受け、ようやく本件起訴をせられるに至っている。

これらの捜査経過からみて、結局本件が被告人陳文甲の単独経営だと断ずることが如何にむずかしいかを窺い知ることが出来るのである。このことは、如何に有罪証拠の収集が出来なかったかを示唆しており、原審に於て検察官が弾劾証拠にしかすぎない税務官吏の質問てん末書を事実認定の証拠として主張されていることによっても明らかである。特に、被告人陳耕植は査察官に共同経営になれば犯人が多数になるから、文甲の単独経営としておくことの方が利益だと云われ、一時その誘導に乗って供述したが、取調べの途中、査察の誘導であることに気付き、真実の通り述べた。たとえ検事に勾留されても自分はその信念を曲げなかったと云っておるのである。

二、翻って本件審理の経過を辿るに、本件公訴は昭和四二年三月一三日提起せられ、其後十三年間余に亘り六十数回に及ぶ公判審理を経て昭和五五年三月二一日検察官は訴因を変更してほ脱額を減じて論告をされ、同年六月一八日弁論、同月二七日被告人の最終陳述があって結審し、翌五六年二月二七日判決の宣告期日を四月一四日と指定せられたるも、被告人陳文甲病気の為変更せられ、翌五七年三月四日及び八月二七日の両回に亘り検察官は陳文甲の快癒診断書を相添え判決宣告の為の公判期日の指定を書面で申立て、漸く同年一一月二九日本件判決を見るに至ったものである。

以上捜査と審理の過程に徴しても、如何に本件の判断が困難であるかを窺わしめるに充分であると思料する。

第二 本件新旧の姫路国際会館、広畑国際会館、ニュー広畑国際会館、網干国際会館、喫茶店コペン、一等車、ドナ及び麻雀倶楽部等が、被告人陳文甲の単独経営であったか、若くは被告人陳耕植らとの共同経営であったかについて

一、本件に於て弁護人が主張する問題点は、共同経営か単独経営かの問題と、ほ脱額を確定するための計算問題の二点であるが、原判決は単独説を採り、弁護人の共同経営説を排斥せられたが、それは誤れる判断であると思料する。

即ち、原判決は、これらパチンコ店、喫茶店、麻雀クラブは陳文甲の単独経営であると認定されたが、これは誤認である。弁護人は、パチンコ店広畑国際は被告人陳耕植と訴外金鐘大の共同経営(鐘大四〇〇万、耕植五〇〇万)、旧姫路国際会館は被告人陳文甲、同耕植、訴外陳石甲、崔永道、崔春得、金徳伊の共同経営(土地、建物は耕植、石甲、徳伊各一〇〇万)、網干国際会館は被告人耕植と訴外金元祚の共同経営、広畑ニュー国際は被告人耕植と金鐘大の共同経営、相生国際は訴外陳昌植の単独経営、新姫路国際は被告人陳文甲、同耕植、その他右永道、春得、徳伊、鐘大、元祚、石甲らの共同経営(土地はこれら八名の共有)、喫茶店コペンは耕植の愛人野村が一〇〇万、文甲が一〇〇万、土地は耕植が出資し、野村がその収入で暮していたもの、一等車は一、三〇〇万円で、ドナは三七〇万円でいずれも昌植が買受け、同人のものである、と思料する。

二、原判決が、これらがすべて陳文甲の単独経営であると認定される根本は、これらの店舗より生ずる売上金をほとんど陳文甲名義で預金しているからであるとせられるけれども、本件各店の経営者はいずれも陳文甲の息子、娘、兄弟姉妹等であって、他人は一人も存在しておらず、韓国の慣習に従い、家長である陳文甲がいずれも金銭管理を委かされていたに過ぎないのであって、決して陳文甲個人の単独所得ではなかったのである。

陳文甲の性格が真面目で、金銭の取扱いが厳格であり、こまめにきっちりと取扱うのみならず、預金をするにも裏金利をとるとか金融機関との交渉が上手である。のみならず、韓国の家長絶対尊重、親孝行の風習から、家長である陳文甲に金を預けて、出してもらう。こうして陳文甲に会計を一任しておくことにより共同経営者がいずれも安心して経営がスムーズにゆく。それは陳文甲が共同経営者らの信頼を受けており権威がある、という理由によるものである。

而して、姫路市に於る韓国人の経営するパチンコ店の同業者組合長である鄭鉱祚は原審法廷に於て、陳文甲は頑固で正直で、嘘を云わぬ人柄である。親が耄碌しない限り金銭の管理は親に委託するという風習が強く残っておる。と証言している。

畢竟するに、韓国の慣習から家長である陳文甲を信頼してその兄弟姉妹、娘、息子らが、その共同経営なると単独経営なるとを問わず、一切の売上を陳文甲に管理運用せしめていたに過ぎないのであって、決して陳文甲一人の売上金ではなかったのである。

三、次に弁護人は、本件パチンコ店の経営の発端から発展の経路をたずねて、本件パチンコ店の経営が、決して陳文甲の単独経営でないことの事実を主張する。

被告人陳耕植が公判で詳細に供述しておる如く、パチンコ店は昭和二六年頃、耕植が飾磨の飲食店を改造し、自分が飲食店や屑鉄で儲けていた金を資金として、パチンコ店の経営に乗り出し、文甲は何らこれに関与しなかったのである。このパチンコ店の経営が時流に乗り調子よく行き、昭和二八年には被告人耕植は鐘大と共同で広畑国際を始め、五年後の昭和三一年には耕植が中心となり、前記肉親等と共同して旧姫路国際を、昭和三七年には網干国際を、更に昭和三九年には新姫路国際の各パチンコ店を経営するに至り、次にその愛人に本件喫茶コペンを経営させるに至ったものであり、その間、商才のある弟昌植が単独で昭和三六年相生で国際会館を始め、更に同人は単独で喫茶店一等車、ドナ等を経営するにいたったものである。

これらの経過に鑑みれば、パチンコ店等の経営に文甲が資金を提供した証拠もなく、又、文甲にはパチンコ店等経営の商才や能力もなく、たゞ金銭の管理をしていたに過ぎない。

四、前記の如く、本件パチンコ店等の経営が、被告人陳文甲の単独経営でなく、肉親若くは姻戚を交えた共同経営であったことは、ひとり被告人両名及び前記共同経営者等の検察官に対する各供述によって明白なるのみならず、前記鄭鉱と李鐘供の原審に於ける証言によっても明らかである。即ち証人鄭祚は、原審に於て昭和三一年頃被告人陳耕植から大手前のパチンコ店の共同経営の申込みを受け、単独で経営すれば危険負担が大きいので三、四人で共同経営したい、お前も加わらぬかとさそわれたが、自分は失敗すると思ったので加入しなかった。然し、昭和三二年末頃予想外の客足がつき、自分が売り込んだ機械代の請求に行ったところ、崔春得から高いと文句を云われたのでどうしてそんなことを云う権利があるかと聞くと、自分は共同経営者の一人だ、自分以外にも永道、徳伊、石甲らが共同経営者だと申していた。又、春得からは、力が耕植にかたより過ぎると苦情を聞いたが、耕植は利益を配当せずに蓄積して他の事業の為に使うなど、と云っていた。営業名義を文甲にしていたのは、申告するとき相談を受けたが、耕植名義の広畑のパチンコ店で事故が多いので文甲名義にすることに決った。パチンコ店の税金の申告はすべて朝鮮総連系の朝鮮商工会で決めてそこを通して申告していた、と証言している。

又、原審に於ける証人李鐘供も、昭和三二年一一月頃から旧姫路国際パチンコ店に二年間程勤務していたが、勤める際耕植から共同経営者が四人程いるといわれたのでいやだと云ったが是非と云われて支配人になったが、半年か一年程して共同経営者の春得や、同石甲の長男の大原らが、仕事上の注意をするとわしは営業主やお前何を云うとるのかとごてごて云うので辞めた旨証言している。

其の他、原審に於ける証人朴竜基等も本件姫路国際が被告人陳文甲の単独経営ではなく前記肉親等との共同経営であったことを具体的に述べ、韓国人は姫路は勿論、県下の加西や大阪等でもパチンコ店を共同経営していると証言している。

又、西田税理士の原審に於ける証言によれば、同証人は本件査察開始後被告人より委任を受けて処理したが、自分の調査では相生国際とドナは昌植の単独、その他の店は一応文甲、耕植、鐘大、春得らの共同経営と判断した、査察以前の大阪国税局所得税課の話では相生は昌植、他は文甲、耕植の共同経営だとのことであったが査察になってから、査察担当の斉藤らに会ったら、時間的制約でむつかしく独自の判断をしたが、後で考えると無理な点があった、相生は明らかに単独だが他の店は共同経営者が何人になるかがむつかしい、文甲一人にしぼったのは無理だったと申されていた旨、証言している。

しかるところ、原審の認定された不動産所得、配当所得、譲渡所得、其の他の雑所得はいずれも右パチンコ店等の売上金を資金として取得されたものであるから、これを陳文甲の単独所得と見做すことは、本件パチンコ店の経営を陳文甲の単独経営とし、同人の単独経営所得とする前提に立たない限りこれを容認することは出来ないと考える。

成程、本件には共同経営に関する契約書も帳簿もなく、我々日本人、特に法律家からみれば納得のいかない点もあるが、本件共同経営者らは商習慣の知識にとぼしく文盲であり、書面によらず互に信頼することで、共同経営をしてきたのであり、これは韓国の慣習に基くものである。特に被告人陳耕植はパチンコ店営業の補佐にあらず、主体であり、むしろ、耕植こそ営業者というべきで、文甲はむしろ金銭の監督者であったことを強調しておきたい。

本件共同経営はその後昭和四九年一月末解散せられ、各共同経営者に利益の配当をした詳細は既に原審に於て立証した通りである。

被告人らは以上により、かたく本件の無罪を信じているものであるが、一応、判決の確定する迄の国税庁に対する処置として所得税を一億九一九万二、五二〇円、事業税を五六七万九、七六〇円、市県民税を二、三六四万四、七二〇円を納税しているが、これは、有罪であることを認めての処置でなく、国税庁に対する処置としてなしたるものであることをご留意賜りたい。

第三 本件パチンコ店の事業所得金額の計算について

一、原判決は、右所得金額の計算について、原審検察官の誤れる計算をそのまま真実として鵜呑みにし、弁護人が詳細に強調した所得金額の計算につき何等の見解をも示さないのは、前記弁護人の共同経営説を詳細反駁したるに比し著しく権衡を失し、不当であると言わざるを得ない。

原判決は第一及び第二に於て実際所得額及びこれに対する所得税額として認定されている金額に重大かつ明白な誤算をしている。

けだし、原判決で認定された金額は、原審の論告要旨に述べられている通り、国税当局の計算の結果を踏襲したものであるが、後に詳しく説明する如く、国税当局の計算には致命的な誤りがあることは、少しく経理知識を有する者にとっては明白な事実であるにも拘らず、検察官は右明白な誤算に気づかず、稀れに見るずさんな所得計算の結果を鵜呑みにして、本件公訴を提起したものと言うほかはないのである。以下、その理由について明らかにする。

原審が認容されたと思料する原審論告要旨(以下援用する原審論告は原判決に凡てこれを肯認し、本件有罪の認定をなしたるものと思料する)第二、所得金額の計算は、「一、事業所得」「二、配当所得及び不動産所得」「三、譲渡所得」「四、雑所得」について述べられているが、このうち所得計算に関して特に問題となるのは「一、事業所得」であり、しかもその中で「1売上」及び「4仕入」の各「(一)パチンコ営業」に関する部分である。

即ち、その他の部分に問題がない訳ではないが、重大かつ明白にして決定的な誤りが存在するのは、パチンコ営業の売上計算及び仕入(売上原価)計算についてである。

二、まず、パチンコ営業の売上計算について、原審論告要旨では、昭和四〇年六月ないし一〇月の五カ月間の営業実績を基礎として、右実績期間内の売上高に対する銀行入金率を各店毎に計算し、右入金率で以て対象年(昭和三八年及び昭和三九年)の各店の年間銀行入金額(これは銀行調査により判明する)合計を除することによって各店の年間売上高を算出したと述べている。

これについては、まず第一に、対象年における入金率の割合が実績期間のそれと同一であるとみなすことに合理性が認められない。検察官は、被告人陳耕植が「売上金の内銀行へ入金される金の割合は四〇年と三九年以前との間に差はありませんでした」という発言を引用しているが、陳耕植はごく大まかな事実を述べているに過ぎず、昭和四〇年と三九年以前との入金率が全く同じであると認められる根拠はなく、たとえ一パーセントの差があっても、計算の結果に重大な影響が及ぶことは明らかであるから、右の如き推計計算に合理性の認められないことは明白である。

三、仮りに、百歩を譲って、実績期間の入金率を対象年に適用することを認めるとしても、(更にまた、旧姫路国際会館の売上計算に関し、新姫路国際会館の入金率適用を認めるとしても)、実績期間の入金率そのものの算出に誤りがあれば、正当な計算結果の得られないことは自明の理であるが、正に此の点において、国税当局及び検察官は明白な誤りを犯しているのである。

右実績期間内における各店の入金率は、検察官の昭和四三年六月一七日付証拠説明書添附の別紙二付表三「売上原価等の計算について」(以下単に付表三という)において、「入金率F/A」として示されており、この算出方法は、「売上高」(A)から「正味景品出高に対する売上原価」のうち「ガム」(B)と、「ガム分雑損失」(D)と、「小口現金支払」(E)とを差引いた残りを「入金額」(F)とし、右「入金額」を「売上高」で除したものを「入金率」として算出したものである。

然しながら、右のうち(B)の数値に重大な誤りがあり、その当然の結果として、事実とは全くことなる入金額並に入金率の数値が算出せられているのである。(なお、右の(D)を差引きする必要も認められないが、この分は金額がごく少いので、影響はきわめて僅かである)。

四、右の付表三においては、「景品出高」として「ガム」「煙草」「菓子類」の金額を表示し、更に、「正味景品出高に対する売上原価」として「ガム」「煙草」「菓子類」の金額を表示しているが、後者の金額は、「ガム」については前者の八三・三四%、「煙草」については前者の九七・〇〇%、「菓子類」については前者の八〇・〇六%として計算せられている。

けだし、「ガム」(パチンコ客が玉の換金をする場合に各店ではガムを媒体としているので、換金額の出金を「ガム買」として表示している)については、玉六〇個(店の売り値一二〇円)につき一〇〇円の換金をしているので、一〇〇円対一二〇円の割合として八三・三四%とし、「煙草」は煙草店より各パチンコ店に対し三%のリベート戻しがあるので九七・〇〇%とし、「菓子類」は一般小売値に対してパチンコ店の仕入価格を平均八〇・〇六%とみたものと推測せられるが、「煙草」を除いて、「ガム」及び「菓子類」につき右の割合を乗じて「売上原価」の計算をしたことは重大な誤りにほかならない。

この点については後記仕入(売上原価)の計算について更に明らかにするが、当面の「入金率」の計算に当っては、「入金額」の算出は「売上高」(A)より「景品出高」欄の「ガム」の金額を差引くべきであって、「正味景品出高に対する売上原価」欄の「ガム」の金額(B)を差引くべきではない。

五、然るに、検察官は右(B)を差引く計算をしているので、付表三に「入金額」(F)として示された金額は、この実績期間中における現実の入金額(銀行調査により明らかである)とは異るという明らかに矛盾した結果となっているのである。

即ち、原審論告要旨にも記載されている通り、右付表三は斉藤昭の昭和四〇年一二月一〇日付調査てん末書(記録七分冊)の付表三と一致するものであり、右斉藤の付表三は同付表二に基くものであり、また、右付表二は被告人陳耕植の昭和四〇年一一月二四日付確認書(記録三分冊)に基くものであるが、右確認書に添付されている「最近の各店売上等の状況について」と題する表は、被告人陳耕植の従業員(経理担当者)である渡辺明敏の作成したものであり(明らかに同人の筆蹟である)斉藤昭の右てん末書添附書類としてそのまま引用せられているものであるが、この表があらわすものは、昭和四〇年六月二日から同年一〇月末日までの間(前記実績期間)における各店各月別の「売上高」より「ガム」換金支払高、及び「小口現金支払高」(小口現金についてはこの表には示されず、同じ斉藤の右調査てん末書に添附されている「小口現金支払の明細」として示されている。またこの表の中で「景品出高」のうち「その他」として示された金額は煙草と菓子類の仕入金額であって、銀行入金額の計算とは直接関係がなく、これについては後述する。)を控除した残りを「銀行預入額」として入金した実績を示すものである。

右は事実を記載したものであるから、「売上高」から「景品出高」欄「ガム」として表示した換金支払高、並に「小口現金支払高」を差引きすれば、当然に「銀行預入額」として示された金額と一致するものであり、この「銀行預入額」即ち「銀行入金額」の実績期間における各店別の合計額を計算すると、次の通りとなる。

姫路国際会館(本店) 一四、〇一九、八五八円

広畑国際会館 六、四〇三、一二〇円

広畑ニュー国際会館 九、〇九六、一六〇円

網干国際会館 六、五九七、四七〇円

相生国際会館 七、二九〇、〇三九円

姫路ニュー国際会館 一一、一〇〇、四七五円

網干ニュー国際会館 一、二四八、四三五円

(合計) 五五、七五五、五五七円

右は現実に銀行へ入金された金額であるが、一方、付表三において、検察官が右実績期間における各店の入金額合計(F)として示している数字は次の通りである。

姫路国際会館(本店) 一九、六四七、二八〇円

広畑国際会館 八、八〇〇、五二二円

広畑ニュー国際会館 一二、三四四、四九九円

網干国際会館 八、七〇〇、一一〇円

相生国際会館 一〇、一二四、八三八円

姫路ニュー国際会館 一六、〇〇〇、〇六五円

網干ニュー国際会館 一、九四九、四二二円

(合計) 七七、五六六、七三六円

六、かくの如く明らかな誤差の生ずるに至った原因は、

「銀行入金額」の算出に当り、「売上高」より控除される「景品出高」のうち「ガム」と称する換金額は、現実に支払われたものであることは明白であるにも拘らず、検察官は、現実の支払額に八三・三四%を乗じた金額を控除するという誤った方法により計算したからにほかならない。

これを斉藤昭の右てん末書付表三でみると、付表三は前記の如く付表二を基礎として作成したものであり、付表二の「景品出高」に附加して「正味景品出高に対する売上原価」の欄を設け、ここにおいて独自の計算がなされているわけであるが(既に述べた通り「煙草」を除いてその余の計算は誤りである)、この表において「入金」の計算は、「売上高」(A)より「景品出高」欄の「ガム」の金額を控除すべきであるに拘らず、「正味景品出高に対する売上原価」欄の「ガム」の金額(即ち、八三・三四%を乗じた額)を控除するという誤った方法がとられているので、その結果算出せられた「入金額」(F)の金額が前記の通り実際の銀行入金額と一致しないという決定的な誤りを犯すこととなったものである。

七、従って、右「入金額」(F)を「売上高」(A)で除した「入金率」が誤ったものとなることは言うまでもなく、検察官は右誤って算出した「入金率」を以て対象年(昭和三八年及び昭和三九年)の年間銀行入金額を除することにより、対象年の売上高を計算しているのであるから(検察官の昭和四三年六月一七日付証拠説明書添附の売上金額の算定表)、かくして算出せられた対象年の売上高が誤りであることも、今やおのずから明らかなところである。

八、次に、パチンコ営業の仕入(売上原価)計算について検討する。

原審論告要旨によると、「同四〇年六月一日ないし、同年一〇月三一日までの営業実績の各店の売上に対する売上原価率をもって仕入原価率とし、前記推計に計算した売上高に右売上原価率(ガム八三・三四%、たばこ九七%、菓子類八〇・〇六%)を乗じて仕入金額を計算した」と記載されているが、この記述は正確ではない。

即ち、前記推計によって計算した売上高に乗じた売上原価率は、「ガム八三・三四%、たばこ九七%、菓子類八〇・〇六%」ではなく、これらガム、たばこ、菓子類の各売上原価合計(付表三によって示すと(C)の金額)を売上高(A)により除した割合が「売上原価率」であり、付表三によれば、姫路国際会館(本店)六五・七三%、広畑国際会館六五・三七%等とされているものである。これら各店別の売上原価率を、前記の如く推計した各店売上高に乗ずることにより各店の仕入金額が算出せられたことは、前記検察官の証拠説明書添附の「仕入金額の算定表」によって明らかである。

九、そこで、ここにおいても、前記売上高の計算に当り述べた如く、実績期間の売上原価率と対象年のそれとが全く同一であると認めることに何ら合理性がないことを指摘しなければならないが、仮りに万歩を譲って、両者を同一であるとみなすとしても、仕入金額計算の根拠となる「売上高」と「売上原価率」そのものに誤りがあれば、これによって算出せられた仕入額が全く信用できないものとなることは言うまでもない。

右のうち、「売上高」の推計計算が全く誤ったものであることは既に述べた通りであるから、次に「売上原価率」の算定の当否について検討する。

付表三によれば、既に述べた通り、売上原価の内訳として、「ガム」(B)(玉の換金支払高)、「煙草」「菓子類」の各金額を算出するに当り、前記陳耕植の昭和四〇年一一月二四日付確認書添附の「最近の各店売上等の状況」に記載せられた各金額に対し、「ガム」八三・三四%、「煙草」九七・〇〇%、「菓子類」八〇・〇六%を乗じて計算せられているところ、「煙草」は三%のリベート戻しがあるので正しいが、その他のものは明らかに誤った計算方法であると言わなければならない。

一〇、何故ならば、右確認書添附書類の「景品出高」欄「ガム」として記載した金額は、実際に客に対して換金支払をした金額合計であるから、売上利益(粗利益)を計算するためには、そのままの金額が「売上原価」として「売上高」から控除されるべきことは当然であり、これに対して八三・三四%を乗ずることが明らかな誤りであることは、既に指摘した通りである。

検察官は、店が客にパチンコ玉を売るときは五〇個一〇〇円とし、換金の場合は六〇個一〇〇円としているので、その間に差益を得ている旨主張するが、この差益は「売上高」と「実際の換金支払高」との差額の中に当然含まれているわけであるから、「売上高」から控除すべき「売上原価」としての「ガム」換金高を算出するに当り、現実の換金支払高に更に八三・三四%を乗ずるのは全く理由のないこととなるのである。

一一、次に右確認書添附書類の「景品出高」欄「その他」として記載した金額は、各店毎月の「煙草」及び「菓子類」の買入金額合計を計上したものであるが、これを検察官の付表三(斉藤昭の調査てん末書付表三と同じ)においては「煙草」と「菓子類」に分類し、「煙草」については九七・〇〇%を乗じ、「菓子類」には八〇・〇六%を乗算していることは、「煙草」は買入金額が小売定価通りであり、別の機会に三%のリベートを受けるので正しいけれども、「菓子類」については小売定価通りではなく、仕入の時に小売価格より約二〇%低い価格で買入れているものであるから、これに対して更に八〇・〇六%を乗ずることは明らかな誤りとなる。

一二、論告要旨では右確認書添附書類の「その他」の金額は「菓子類」についても小売定価で記載されている旨主張し、渡辺明敏が昭和五四年四月一二日にした証言(記録一七分冊)中、「景品が出た場合、各店の売場において小売りの金額で記帳しており、今ならチェリー一五〇円、チョコレート一〇〇円というふうに記帳している。」という部分を引用しているが、同日の証言で渡辺が述べている通り、右の記帳は売場でするものであり、その売場備付けの用紙は別紙添附の通りであって、たしかに景品単価欄は小売価格が記載されているけれども、これは右渡辺の証言によると、「割数」を出すためであり、「割数」というのは毎日各パチンコ店の「釘師」が機械の釘の調整をする際に参考とする一日中の売上高と換金高及び景品出高との大体の割合を言うものであって、右金額の大要を知るために簡便な小売価格が利用されるのであり、併せて景品の物品管理のためにも利用すべく、売場だけで記入しているものであるから、仕入記帳をする経理とは全く関係がなく、従って、渡辺は毎日の景品に関する記帳はしない旨証言しており、また、添附別紙とは関係なく、現実の支払額により「菓子、タバコは仕入原価で出します」と証言しているのであり、かつ、添附別紙の記録を集計することはなく、仕入金額の計算記帳とは全く無関係である事実を明らかにしている。

更に、渡辺は、右昭和五四年六月七日の証言において、検察官の前記付表三について、「景品出高」欄の「ガム」の金額は、店が客に対して実際に換金払戻しをした支払金額であり、「煙草」は煙草店へ支払った小売価格による現実の支払金額(これに対しては別に三%の「バックマージン」がある)であり、また「菓子類」は現実に支払をした仕入金額であって小売価格によるものではなく、従ってこれに対して更に八〇・〇六%を乗じて仕入金額計算をすることは誤りであることを明らかに証言している。

一三、そもそも、検察官の前記付表二及び付表三(斉藤昭の前記てん末書添附書類の付表二及び付表三と同じ)は同じく右てん末書に添附せられた渡辺作成の「最近の各店売上等の状況について」と題する表(前記陳耕植昭和四〇年一一月二四日付確認書添附のものと同じ)を基礎として作成せられたものである。

従って付表二、付表三の「景品出高」欄「ガム」の金額は、右渡辺作成表「景品出荷」欄「ガム」の金額を移記したものであり、同「煙草」と「菓子類」の金額は、右渡辺作成表の「その他」の金額を二つに分けたに過ぎないものである。検察官は、右渡辺の記載した表の金額について、「ガム」の金額は現実に換金支払した金額ではなく、それに差益を加算した金額であり、また、「菓子類」の金額は仕入金額ではなくして小売定価による価格であると主張するのであるが、右作成者である渡辺本人が、右表の記載は「ガム」については現実の換金支払額であり、「菓子類」については、小売定価によるものではなく、現実に支払をした仕入金額の通りであることを明らかにしているのであるから、これ以上の議論は無用であると言うほかはない。

しかも右渡辺の表を添附した前記陳耕植の確認書においても、表に記載された金額が検察官主張の計算方法によるものであることを裏附けるべき何らの記述もないのであるから、検察官の右主張は何の根拠もないものと言わざるを得ない。

一四、念のため、更に説明を附加すると、検察官主張の如く、渡辺の作成表「その他」の金額がすべて小売定価によるものであるとすれば、これらの金額に一〇円未満の端数はあらわれるはずがない。けだし「煙草」「菓子類」共に、小売定価で一〇円未満のものは存在しないからであるが(添附別紙参照)、然るに、「その他」欄の金額はほとんどすべて一〇円未満の端数が見られるのであるから、小売定価によるものでないことは明らかである。

また、右「その他」欄の金額は、各店毎月一回の煙草及び菓子類支払金額をそのまま計上したものであるが、仮りに、これを主要店の売場で作成している(全店舗で作成しているわけではなく作成していない店もある)添附別紙の表によって仕入記帳するということは、その不完全さ、不正確さ、煩雑さからみて、到底一般の経理担当者がよくなし得るものではなく、また、かかる必要が全く認められないことは明らかである。

一五、かくして、付表三「正味景品出高に対する売上原価」欄の計算は、「煙草」を除いて、明らかに誤ったものであり、その合計金額(C)は誤算の結果にほかならないから、これを売上高で除算した売上原価率(C|A)も明らかに誤りの数字であることは言うまでもない。

従って、前記の如く「売上高」の数字が誤りであり、かつまた「売上原価率」も誤りであるから、この両者を乗ずることによって検察官が算出した「仕入金額」の誤りであることは、およそ自明の理である。

一六、以上の通り、本件「事業所得」のうち、パチンコ営業に関する所得計算には、重大かつ明白な誤りが存在し、かくして算出せられた所得金額なるものは、全く砂上の楼閣にひとしい根拠なきものと言わざるを得ない。弁護人が、さきに、本件を稀れにみるずさんな所得計算を鵜のみにしたものであると称したゆえんである。

よって本件所得金額の計算は、その基本的な部分において重大かつ明白な誤りがあり、従って、公訴事実に示された本件所得額及び税額は、全く虚構のものであることが充分に解明せられたと言うべきである。

なお、上記計算に関する資料は末尾に添附する。

第四 「パチンコ営業」の事業所得を除く、その他の所得金額の計算について

一、事業所得のうち、パチンコを除くその他の事業の所得計算について、まず、「麻雀店」と「ドナ」は相生市にあり、相生国際会館のパチンコ営業主である陳昌植が被告人陳文甲、同陳耕植とは全く無関係で営業していたものであり、これらの所得を被告人陳文甲のものと認めることは明らかな誤りである。

また、「一等車」及び「コペン」は被告人陳耕植の営業であり、これも被告人陳文甲と無関係であることは、左両店の売上金が中村義雄(陳耕植)名義の銀行口座に入金されていたこと、及び右両店の経営を現実に任されていた者は被告人陳耕植の愛人野村であったこと等によって明らかである。

二、次に、「事業所得」以外の所得についても、すべて被告人陳文甲一人に属するものとして起訴されているが、これまた不当である。

まず、「譲渡所得」は、譲渡した各不動産の所有者に帰属するものであることは言うまでもないが、その所有者は、各不動産の登記簿上所有名義人とされている者と認めることが社会通念であり、本件の場合もあえて例外とすべき理由はないから、各不動産にかかる譲渡所得は、それぞれの登記簿上所有名義人に帰属すべきものであることは明らかである。

また、「配当所得」「不動産所得」及び「雑所得」についても、これらはいずれも陳文甲一人に帰属すべきものではなく、仮りにその一部が陳文甲に帰属するものとしても、大部分はパチンコ営業の事実上主宰者的立場にあった被告人陳耕植に帰属するものと認めるのが当然である。

第五 結論

以上のとおり詳述した諸理由によって、本件は証明不充分として原判決を破棄し、無罪の判決を賜るべきものと思料する。

添附書類(編者注、省略)

一、景品出入表 一通

二、昭和四〇年一一月二四日付陳耕植作成確認書及び附属書類写し 一通

三、昭和四〇年一二月一〇日付斉藤昭作成調査てん末書及び附属書類写し 一通

以上

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